上田篤先生と小豆島神社巡り | 建築随想「仙芳丸航海日誌」
ヤマグチ建築デザイン
上田篤先生と小豆島神社巡り

Amazonの快進撃が止まらない。「ジョブズ効果」が薄らいでいるアップルを追い抜いて、今年の終わり頃には、「1兆ドル(112兆円)」の時価総額に達する模様だ。この間のニュースで読んだ。「大量消費大量生産」によって作られた製品を売りさばくというのは、かつてのように、人口が増えて消費も拡大するというベースの上で成り立っていただけではなく、右肩下がりの昨今の日本社会情勢の中においても、その勢いは止まらず、むしろ無駄がなくなり洗練されてさえいる。Amazonだけでなく、日本にある資本力のある会社が、地方に店舗を構えて、構えずとも通販でじゃんじゃん取引を拡大しているのは、生活者の肌感覚として、実感するところだと思う。その多くの会社は、各種の批判をかわすために、社会活動をしたり、原材料を「環境的に」吟味したりと、広告代理店の力も借りて(中には、ただ有名なタレントと目に麗しいパッケージを使うだけという「ボロいCM」もあるが)消費者にイメージアップを図っていて、それは結構成功している。庶民にとってみれば、環境や人権を考えていないとする「大量消費大量生産社会」への批判を考慮した「消費行動」を自分がとっているのだ、という他者へのアリバイ作りもできるので、好都合という訳だ。20世紀的消費社会に対しては多くの批判があるにも関わらず、その仕組みの「中の人たち」も頭では分かっているにも関わらず、指摘されて以降、数十年が経つにも関わらず、未だにその勢いが止まらないということは、人の欲求がソレ(便利で早いことが豊かだ、という「価値観」)を求めているのであって、それこそが自然な姿であるので、もうこのまんまで全然いいんじゃないの、という見方も強い。

 

もう随分前から、20世紀的消費社会に対して、消費することが良い事だという概念について、色々な分野で反対意見が提出されている。「消費」の代わりに、「所有賛美社会」とか「経済原理主導社会」というワードも入れ替え可能だ。環境に悪い、人権を軽んじている、健康に悪すぎる、コミニュティが崩壊する、職人仕事が廃れる、そもそも捨てるほどにモノが溢れすぎているのではないか、などなど批判は際限がありません(今日の朝、ファッションブランド「バーバリー」が売れ残り大量廃棄を中止するというニュースが飛び込んできた)。大量消費大量生産とは、原価率を抑えつつ大量にモノを作って、それを売り、利益を確保して、労働者も資本家も豊かになれて、それを受け取る社会は便利になって行く(便利、には「早い」も含まれる)、というアレです。それを繰り返す事で、経済は広がり人々の生活は豊かになって行く、というものです。資本主義経済は拡大し続ける事で継続できる、とエライ人が書いていましたが、その核にある価値観、すなわち、「より豊かに、より便利に、より早く、というものが幸せを運んでくる」という価値観を、変更しないままで、環境・人権・健康・コミニュティなどを考慮した「目に麗しい商品」を作っていても、元の木阿弥なのだろうと、私は考えています。ポイントは、価値観の吟味でしょう。

(小豆島亀山八幡宮「池田の桟敷(御旅所)」にて、右端が上田篤先生)

 

少し前のこと、建築史家で日本文化論にも造詣の深い上田篤先生の『縄文人に学ぶ』(新潮新書、2013)に感銘を受けて、人生のうちでも数少なく、滅多に実行しない「勝手に<読者ハガキ>」を手書きで書いて送りました(今までに送ったのは、20年くらい前、故前川道郎先生と香山壽夫先生で、前川先生には大阪産業大学でお会いして励ましを頂いたことでした、ああ、懐かしい)。あれは確か、春先のことです。その後、なんと御本人から電話があり、小豆島に行くので、君も来ないかとのお誘いを受け、五月の末に行って来ました。上田先生と言えば、大阪万博のお祭り広場を、京大の西山夘三(公団住宅の基本形を考えた人として有名。過去記事参照「西山夘三というアシカセ」)の下で担当し(当時は、京大から二人、東大から二人が関わっていたようです、東大の丹下健三の下には磯崎新)、近所の「橋の博物館」(現・児島市民交流センター)を設計者した人でもあります。

(池田の桟敷にて、右端は田中充子先生)

 

上田先生は、縄文時代の人々の暮らしを探ることが、現代人の価値観の再設定に繋がるのではないか、として、最近では、建築を飛び出して、周辺分野の諸研究を統合した「上田縄文学」「縄文から考える日本人論」を繰り出しています。初めての職場(建設省)で「多摩ニュータウン」の企画をし、京大に移った後には「大阪万博」の準備に携わった御年88歳の先生の言葉は、高度経済成長のなんたるかを骨身に沁みた状態で、発せられるもので、その辺にいる老学者では届き得ない飛距離を持ったものでした。

先生は、縄文時代(とその前の「先土器時代」)には、定住することが一般的ではなく、特に男性は、あちこちに出掛けて行く社会であって、女性が家の主人である「母系制社会」「女の時代」であっただろうとします。天候を司る太陽の動きを見定めた女性たちは、各種の木ノ実が熟する時節を知り、魚が来訪する時期を暦を知ることによって、その採集の確実性の精度を高めていった。ここに「旬を食べる」という和食文化の根幹は、縄文にあったはずだとします。これは、「個人の嗜好を大切にする欧米の食と、自然の恵みを味わう日本の食との違い、言い換えると、<個人主義社会>と<自然主義社会>の差異」であろう、としています。

また、上田先生は言います。建前上、日本人がみな父方の姓を持ち男性はみな職業を持つなど、極めて父系制的で、制度的には「父系」であっても、社会的には今だに「母系」の強い社会となっている。ここから「母」とは何かという点を、河合隼雄の「父性原理」「母性原理」に照らし合わせて(「父性原理」は「良い子だけが我が子」、「母性原理」は「我が子は全て良い子」とするもの)、父系原理が支配する社会では、「人々の競争が激しくなって、確かに社会は進歩するが、弱者は切り捨てられる」、母系原理が優先する社会では、「平等を旨とするから、人々の競争はおきず、従って社会も進歩しないが、ために弱者の切り捨て、抗争、戦争、環境問題の激化などを引き起こさない」だろうとしています。

(中山農村歌舞伎舞台と上田先生)

 

便利で早いことがお金を生み、それが正しいとされる大量消費大量生産の時代概念に対抗するには、「菊と刀」に代表されるような幾多の日本人論では、広く社会へ向かって提案できる仮説は立てることができず、いまの社会のベースとなった縄文文化を探ることが近道であろう、と上田先生は考えたようです。個人の欲求を優先するのではなく、奥深い自然の営みに従った「自然主義社会」や、「我が子はみな良い子」とする母性原理などを包括する縄文文化を探る試みこそが、幾多の弊害を及ぼしている現代社会に対して、効果があるだろう、とのことです。上田先生は、日本はもちろん、世界各地の原始的な住まいの造りを調べつつ、論を進めていて、今回の「小豆島神社めぐり<御旅所特集>」は、その手がかりとしての事前調査でした。

この旅に同行しながら、この数年、下津井の路地を歩きながら、思索していることも、同じようなアプローチだと気づかされました。次回の「建築史」カテゴリーでは、路地歩きの論点をまとめようと思います。

| 20:30 | comments(0) | - |

Comment












New Entries
Recent Comments
Archives
Category
Link
Search this site.
qrcode



NEWS&BLOG・建築随想
UP