歴史を取り戻す | 建築随想「仙芳丸航海日誌」
ヤマグチ建築デザイン
歴史を取り戻す
そもそも、住宅産業、という言葉が、気に入らない。と過去に書いたが続いてそのあとに、「無理矢理「産業」にしているのがだめだよな、と思うわけです。自動車や家電のように工業化しないと世の中に出現しない代物と違い、住まいというのは、人がこの世界に生まれたそのときから、いつでも・常に・同時に・いやでも、「ある」わけで、やはり、「産業」ではなく「生活」だよな、とおもうわけです。」とも書いた。 

このように書くと、合点がいった方がいたようで、あの回は良かったよお!、と建築の友人が声を掛けてくれたことがあった。おい!君も読んでいたのか!?とそのときは思っていたが、やはり、素人には敬遠されがちで、専門家が好むコンテンツだし、さらにわたしに直接会ったことの無い人は、文体と語彙が独善的すぎる嫌いがあるために、とても付き合い難いひとのように、受け取られてもいる。

さて、建築史家を志したこともあった私としては、自分なりの温故知新の思想で現在は「行動する現場建築史研究者」を自称し、その実は、つまりは、売れない地方建築家だが、出すためには入れないと行けないという自然の法則に従い、先日は岡山県内の重要な建築物を一日で巡るツアーを敢行した。

森江家

住まいというのは、雨風寒さを凌ぐことからはじまって、寝食の場所を備えつつ人の生活に伴って工夫が施され洗練され機能が増えてオシャレのための装飾も付いたりしてくるものです。それは、なにも画一的なものではなく、お金が異常に掛かるものでもなく、ときには「結」とよばれたりする近所の人たち総出で一つの家を造ったりするという共同体を維持する側面もあるなど、頭ではなく心にとって無理の無い範囲で(言い換えると、書き言葉ではなく話し言葉で通じる人間関係の範囲で)人と人の繋がりが自然につくられていくようなものであり、人間の生活から生まれたものであります。(少し規模を拡大すると、版籍奉還や廃藩置県で無くなった幕藩体制のうちの、「藩」という規模こそ、頭ではなく心にとって無理の無い範囲で、ある一定の秩序を持った共同体がまとまって行く組織の看板だったのではないかと、最近は考えています。)

閑谷学校

今日では住宅を考えている多くの人は、住宅展示場に行くと思いますが、住宅展示場へ行くとその展示場という世界だけで住まいのすべてが説明されているような感覚を覚えます。とても巧妙な仕掛けで、ある意味それは詐欺でさえありますが、詐欺にあってしまった方々がわたしの発言を聞くと、夢物語を言っているように写るかもしれません。しかし、戦後の住宅を政策として作ってきた住宅産業というものが、そもそも異常だっただけで前回も書いたように、近年では建築本来の機能は横において他のものでアピールし始めてますが、そのアピールポイントは「以前よりもよりすばらしい住宅」というわけではなく、単に過剰設備であるだけであって、その異常な状態に対してわたしが普通のことを言い続けているだけであります。

産業ベースではなく、生活ベースというのは、言っていることは単純でそれほどパッとしません。それどころか、すこし現実からかけ離れているように感じるかもしれません。夢物語のように感じるかもしれませんが、それは日本の人たちが室町から普通に行なってきたことを踏襲しているだけであり、ましてや「抵抗」しているというよりも、ここ50年程の異常状態から普通へと正常化し、修正化しているような感覚です。歴史を取り戻そうとしているのです。

一日で国宝二つを含む文化財を巡る旅で得たものは、とくに300年を超えた江戸時代初期の古民家にふれて感銘を受けたけれど、何ごともインスタントでは作ることが出来ず、長い時間をかけて出来上がるものだと言うことです。わたしの生家が既に100年を超えているように、また、今のわたしの住まいが今年で80年を迎えるように、住宅というのは、100年くらいその場所にあるものだというのが、わたし自身の感覚ですが、その長くその場所にある住宅を造るのに、出来るだけインスタントに早く作りたい、とする産業ベースの感覚というのは、基本的にズレた感覚です。全世界で「Yes!」が「はい!」の意味だと浸透しているのと同じくらいの浸透力で、セメントや鉄筋、トタン板などの基本材料が世界中で作られ出すと、また違うのですが、基本的にはその地域風土にあった住宅を、書き言葉ではなく話し言葉でつくるかのように、造っていくというのが、後々にも残り、大切にされる住まいのような気がします。

わたしのように中座したものが言うのもなんですが、建築史研究者のひとたちは胸を張って、歴史を取り戻す作業に当たって欲しいし、逆に、ホットな話題で言えば、槙さんが安藤さんを痛烈に批判している新しいオリンピック競技場の実例にあるように、歴史を壊すものたちを殺すことにも尽力して欲しいと思います。また、同時に苦言を追加すると、その任を追いきれない人は、わたしのように中座して目の前の与えられた仕事を感謝しつつこなして、与えられた立場で社会の役に立つことです。

吉備津神社
| 13:34 | comments(0) | - |

Comment












New Entries
Recent Comments
Archives
Category
Link
Search this site.
qrcode



NEWS&BLOG・建築随想
UP