歴史をつなぐ | 建築随想「仙芳丸航海日誌」
ヤマグチ建築デザイン
歴史をつなぐ
 『鍋物やおでんに欠かせない秋冬ダイコンの市場価格が、全国的な出荷量の増加で値崩れを起こしている。原因は11月の記録的な暖かさと、平年を大幅に上回った降水量。急激に肥大したため、大きすぎて流通に適さないダイコンが続出。ダイコンの国指定産地、兵庫県たつの市御津町の「成山新田」では、自主廃棄する農家も出始めた。』(神戸新聞NEXT12月7日(月)11時16分配信)


 今年も「自主廃棄キャンペーン」が、開始されている。採算ラインを割ってしまうと、丹精込めて作られた野菜は捨てられるのである。箱詰や輸送にかかる諸費用の方が利益よりも大きくなるから、損害を少しでも減らすためには、こうする他ない。同じようなことは、工業製品や衣料品でもよく起こる。むしろこちらの方が、馴染み深いだろうか。

 近代の経済活動というのは、原料の入手から生産・製造、そして販売の過程の全てを通じて、できるだけ早く資本を回収し、なるべく大きな利益を得ることだけを考えて、その目的達成のためには、何をしても構わない。自主廃棄はもちろんの事、病気になりそうな添加物を食品に混ぜても構わない。基準値以下で、薄く混ぜれば大丈夫だ。これをソフトキリングという。


 住宅はどうだろうか。住宅も同様で戦後期に大変化を迎えた。都市部での住宅需要に応えるために、新建材と新工法を開発し、工業化された住宅がこれからの時代にはふさわしく、それは「善」とされた。住宅業界のことを「住宅産業」と呼ぶようになったのはこの頃である。あの戦争から70年が経ったが、日本の街の風景は、住宅産業が作る規格品で溢れており、昔気質の巷の大工でさえ、建材屋に並ぶ材料に「規格品添加物」が加わっているために、作る住宅も自ずと産業化住宅に似る。

 しかし、ちょっと待ってほしい。人間は、「産業」や「工業」という名前が生まれる以前から、住まいに住んでいたのではないか。太古の昔から自らの住処を作り、寝床を整え、食事をし、寛ぎ、遊んでいたのである。それは非常に精神的な営みであり、これらを「科学技術」で「良いもの」にしていこう、という思想はハナから間違ってはいないか。産業革命以来の人工的な病である「科学信仰」が通用しないのが、住まいという代物である。
 私は、室町以降、五百年間のあいだ、無名の人々による「実地テスト」をくぐり抜けてきた「日本の伝統的な住宅」に票を投ずる。そちらの方が「産業」ではなく「生活」の延長で作られたものであって、「金融」とか「経済」という、浮ついた世界とは、無縁の中で脈々と形作られたものだからだ。今後も、そういう歴史をつないでいきたい。

(この原稿は、「建築家のしごと展2」に寄せたものです。2015年12月9日から13日まで開催されます。会場は、倉敷市立美術館です。)

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