腐るという美学;生まれた町・下津井(しもつい) | 建築随想「仙芳丸航海日誌」
ヤマグチ建築デザイン
腐るという美学;生まれた町・下津井(しもつい)
生まれ育ったのは、下津井港。単なる港町ではないと知ったのは、二十代も終わりを迎える頃。

今はもうさっぱり忘れ去られているが、ほんの100年ほど前くらいまでは、海運の方が便利だった時代があった。鉄道とか、クルマとか、そんなものが生まれる以前の数千年は、船の方が便利な乗り物だった。

今住んでいるのは、下津井ではなく、一山超えたところ。
下津井の友人からは、お前は下津井を捨てたのか、といわれるけれど、そんな気はないのだけれど、本人たちには、そう映るらしい。下津井とはそんなところ。

下津井に来れば、楽しいことがある。

そんなことは、いまではない。


寂れすぎて、観光客からも気の毒がられるような場所になっている。

建物の密集具合を見ると、たしかに、こんなにまでしてまで、ここに住みたかったのか、と逆に感心・納得できるような路地がたくさんある。どの路地がどこに繋がっているのか、小学生の頃に探検した覚えがある。

下津井を見つめる視点は、クルマではなく、自転車ではなく、やはり、歩きであって、路地スケールのレベルであって、そのレベルで人との関係も構築されていることが、酸っぱい匂いと共に思い出される。

自分たちは、取り残されてしまったように、下津井の住民たちは思っているだろうが、ぼくからみれば、ぜんぜん、そんなことは無い。外からの評価しか持ち得ないようにしてしまったのは、自分たちが劣っているからではなく、外の人たちの勝手な都合だ。

下津井に来れば、楽しいことがある。

そんなことは、いまではない。

空き家は腐るほど余っている。じっさい、腐っている。
でも、自分たちが楽しめるように、自分たちのモノサシを持ち込んでみる。

保存料が入った食べ物はいつまでたっても腐らないが、普通の食べ物は数日で腐れが始まる。山崎パンよりも近所のおばちゃんの手作りパンがおいしいように、腐る町並みの方が、山を削って無理矢理つくった住宅団地よりも、美味しいはずだ。人間の住まいとしては、心地良いはずだ。

だからといって、すべての棚田を再生する!と息巻くようなことはせず、40年前の団地でさえ山に還っていくように、腐るべき住宅は腐って行った方が、ぼくには美しく感じる。

ぐるりと巡って、周回遅れのトップライナー。
中山間地域も、ひなびた漁村も、「便利」や「快適」が、ハナからないからそこ、安定したジジババの生活を原動力に、生活の「尊厳」や「質」を取り戻すことが出来る地域になっている。

下津井に来れば、楽しいことがある。

そんな風に言わせたい。まずは、自分たちからはじめてみる。



明けましておめでとうございます。
小さな事務所ですが、ことしも皆様の生活の器を作るために懸命になりたいと願っています。
本年もよろしくお願いします。

 
| 03:29 | comments(0) | - |

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