時事問題 | 建築随想「仙芳丸航海日誌」
ヤマグチ建築デザイン
人に合わせて設計する、あるいは安藤忠雄先生に物申す。
五年間土木工学を学んだあとに建築を勉強し始めてびっくりしたのが建築というものは、人間に合わせて設計しているということだった。 寸法、サイズという意味での「合わせる」という意味はもちろんのこと、天井が低すぎると抑圧された感覚を覚えるとか、質感が滑らかだと身体に近い感じがするとか、そういう人間の持つ感覚レベルを含めてのことだ。

手前味噌で恐縮だが、たとえば、私の事務所の打ち合わせ室では、わざと天井を低くしており、椅子に座って話した時にちょうどいい塩梅になるように設定している。また、窓の外に「しとみ戸」が打ち上げられ、庇のような感じで伸びているのは、庇の下にも空間を生みたいがために、言い換えると、室内を延長したいがためにしていることで、実際には拡がっていないが、拡がっているように見せた上で、そとにある庭の風景に目を向けさせているのだ。

売れない地方建築家の私でさえ、この程度の熟考はしている。「熟考」という言葉を使うのもおこがましいくらいだ。土地は南北に長いが、わざと西側に建物を寄せて、東側をすべて開放しているが、これは視線が突き抜けて行くことを望んでいるためであり、そうすることで、小さい土地でも伸びやかさが生まれ、本来の広さよりもより広く感じるようにさせるためだ。他にもたくさんある。床を低くして外部の地面との段差を最小にしているとか、木肌をわざと荒々しくしていることなどもそうだが、このような要領で、一つの建物には色んな目論見があり、通りすがりの人がぱっと見ただけでその目論見が最大限生かされるように、目論見の足を引っ張るものを出来るだけ失くすように、これでもかと、設計者は努力するものだ。

さて、数ヶ月前から新五輪競技場が大きすぎるのではないか!?という話題が、建築界のみならず、一般にも知れ渡っている。槙文彦さんという老練建築家が新五輪と同じ敷地内でその昔自身が設計した競技場のことを回想しつつ、今回の案はただただデカすぎるのだ、神宮外苑には巨大なのだ、スケールアウトしている、それがだめだ。と声を挙げたのだ。ザハ・ハディッドという著名な建築家の案を、これまた著名な安藤忠雄が選んだのだが、その先輩格に当る、槙さんが誰も言えないことを言って退けたという流れである。ちなみにこの三人は世界的権威であるプリッツカー賞というものの受賞者だ。
槙さんはその昔、師匠を持たない安藤たちの世代を「野武士」世代だと命名した。おまけに、海外から安藤さんが評価されるまで、安藤さんを認めていなかったと聞く。今回の声の荒げ方にはそういう経緯も関係しているように見える。

「コンクリート打ち放し」というのは、従来、荒々しい雰囲気でどちらかというと、構造体をそのまま露にしたワイルド系の仕上げの方法だったが、安藤さんが発案した「ウレタン塗装コンパネ」というもので、その性格が一新され、今では一般的になった「コンクリート打ち放し」という一分野が確立されたのだった。アンドウ以前は「コンクリート打ち放し」というのは、無かった。感謝しつつ告白するが、私が木肌をわざと荒々しくしているのは、ウレタン塗装コンパネの逆を行っているのであり、安藤さんが拒んだものを選び取っているのであり、安藤さんの存在が無ければ、あえて「荒材でカンナを掛けない」とか仕様書に書かないのであって、木に対する感覚を操作する手法というのは、安藤さんからパクったものである。

安藤さんの講演会は何度か聴いたことがある。サービス精神旺盛で、人を惹き付ける力があり、そもそも建築に対する熱意が尋常ではない。野武士の安藤さんも認められて高卒としてはめずらしく東大の先生になり、退官し今では70歳を過ぎている。かつては木肌を再現したつるつるコンクリートを作れる程の人間感覚に研ぎすまされた安藤先生が、経済原理と名誉に惑わされた末にあの恐竜のように馬鹿デカい新五輪競技場を選んでしまったのではないか。どうやら地上高70メートルらしい。下津井瀬戸大橋が150メートルくらいだから、その半分でボリュームがどっかと幅広いということだ。ザハとは国際建築家サロンでの友人である。建築家のサインを見なくても、提出された図を見れば、彼女だと判る。パースを見てカッコよかったから選びました、という感じで行くと、将来の孫や曾孫に馬鹿にされないだろうか。

建築というのは、言葉では表現し難い人間の持つ微妙な感覚を受け止めることができ、そしてその空間が放つ情報は人を惹き付ける能力がある。建築で社会が変わるとか、そんな大げさなことを言ってはいけないが、すくなくとも、住宅レベルでその家族を幸せにすることは出来るだろう。私としては、今回の一件で継続して仕事をやり遂げるということの難しさ、歴史的文脈を保ちつつしかも経済原理から抜け出た所で、思考を繰り返して行く、ということの難しさを思い知った。
| 08:32 | comments(0) | - |




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