建築随想「仙芳丸航海日誌」
ヤマグチ建築デザイン
なぜ路地を歩くのか

都心部では、人気がなくなった高層マンションから人がいなくなり、高層過疎地となっているビルが林立しているそうで、その状況を枯れ木になぞらえて、「立ち枯れ」と表現されることもあるようです。

 

関わる人が多くなればなるほど、近代社会の様式に染まれば染まるほど、そこでの生活の秩序・規律が、最大公約数的に拡がっていき、その結果、生活感の希薄さが露呈してくるというのが、都市生活の寂しい部分ですが、そういった状況の中で、「なぜ路地を歩くのか」という問いには、「生きている実感、みたいなものを感じられるから」という言葉が、僕からは出てきます。

 

いつも歩いている路地は、道が狭くて法律上新築が許されておらず、そのため、金融機関からも抵当権の設定がされないような土地になっています。現代の金融事情から見放された土地ということです。そういった土地にあるのは、金融社会とは無縁の時代から続く、人々の生活であり、人生の知恵です。

 

同じ過疎地である「立ち枯れマンション」の共用廊下を歩いていても、そういった実感はないでしょうが、少なくとも平安以降1300年以上続く、田之浦と大畠の路地を歩くと、現代からやってきた我々は、ああ、生きるってこういう感じだよなあ、ということを、感じ取ることができます。心のアンテナの感度を高めて、ゆっくりと歩いてみると、自分なりの「発見」を手にすることができるでしょう。

吹上美術館の企画「下津井・路地めぐり」は、2016年9月から始めて、毎月一回のペースで現在6回目を終えました。田之浦地区3回、吹上地区2回、そして、今日、大畠地区の第一回目を行いました。大畠地区は、最大規模の充実度で4回くらいしないと、全体を制覇できない規模になっています。

 

| 21:57 | comments(0) | - |




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